創作と日常と

書いた「作品」らしきもの、また日常のこと、思うこと等々。

親子

「海か…。一体、いつからこの繰り返しを始めたのやら。わしには見当もつかないよ。寄せては返し、返っては寄せて。何のために、こんな繰り返しを繰り返しているのかね」
「お師匠さん、たぶん海だって、そんなこと知りゃしませんよ」

 

「でも、おかしいじゃないか。こっから、われわれが生まれたんだろう? 生んだからには、生もうとした意思があったのではないか」
「海に、意思なんてないですよ。それに、遠い遠い、昔のことです」


「いくら昔ったって、母が子のことを忘れるわけがないではないか。お産の苦しみは、男には耐えられないと聞いている。海が女であることは間違いない。ここからわしらが生まれたんだから、母であることも間違いないだろう」


「お師匠さん、人間と海は違うんですよ。生もうとして生んだのではなくて、自然、偶然がかさなったんです。小さなプランクトンから魚になって、魚が陸にあがって四本足になり、翼をもつものが空を飛び始めたり、巨大な竜みたいなものが現れたりしたんです。なにも、海が人間のお母さんだ、という話ではありません」

 

「人間だけのお母さんではない、ということかね」
「まぁ、そういうことになります」
「しかしおかしいな。父親は誰だったんじゃろう」
「は?」
「女だけで子どもは生まれないだろう。しかもそんなたくさん。父親は今、何しているのかね」
「……」
「ひょっとすると、あそこに見える山が親父かね。なんだか、海と親しそうに見える」


「お師匠さん、ぼくの想像ですが、海も山も、おそらく夫婦でも親でもありません。そこにただある、あったもので、われわれはその上に生まれて来たんだと思います」
「今もあるということは、まだまだこの上に何か、生むつもりじゃろうか」
「ぼくらの知らないところで、何か生まれているかもしれませんね」

 

「そんなにいっぱい生んで、どうするつもりなんじゃろう。育てるのは、大変なことだろうに」
「お言葉ですが、お師匠さん、海や山が、子育てをするわけではないと思います。カンガルーはお腹の袋に子どもを入れて育てます。ツバメやスズメは巣を作ってせっせとエサを運び、ある魚は自分の口の中で卵を育てるそうです。それぞれの生き物がそれぞれの仕方で、工夫して育てているのです」


「人間は?」
「え?」
「人間は、人間をどうやって育てているのじゃ?」
「まぁ、親だけでは育てられません。幼稚園とか学校とかに子どもをあずけます。あるていど大きくなったら、子どもはだいたい親から離れます。そうしたら、子育ての完了でしょう」


「それが人間を育てるということかね」
「親にしてみれば、ですね」
「それ以外の、してみれば、もあるのかね」
「ありますね。会社の上司からしてみれば、とか、お嫁に行った先のしゅうとからしてみれば、とか。一人前に仕事ができるかどうか、その場その場で相手から判断されるわけです」

 

「他人の承認が要るのかね、チャンと育った人間かどうかを決めるには」
「承認というか、まぁ、基準があるんです。その基準以下にならないように、できればそれ以上になるように、多くの親は子どもに期待し、育てようとしています。それも、人間の親のつとめなのかもしれません」


「人間だけじゃのう。そんな育て方」
「まぁそうでしょうね」
「そういう基準がないと、何か不都合なのかね」
「人間が自分たちでつくったのですから、ないと困るのでしょう」
「競争ばかりするようになるじゃろうな、成績とかの」
「もうなってます」

 

「親の思い通りに育たない子はどうなるのかね」
「ひきこもりとか、不登校とか、今流行っているそうです。魅力のない社会ですから、出たくないのでしょうね。子どもが、一番の犠牲者かもしれません」


「自分たちでつくったものなら、自分たちでもっとうまい具合にできないものなのかね」
「なかなか難しそうですよ。みんな、自分のことで精一杯なんですよ」
「親も大変そうじゃのう。あんな物を急いでかっ喰らっているよ」

 

「あれは栄養バランスのいい、健康食です。ビタミン、カルシウム、鉄分、カリウムマグネシウム… 身体に良いものがたくさん詰まった、栄養の宝庫ですよ」
「ふうん。まずそうじゃな。人間は、どこで物を食べているのかね」
「え? 口ですよ、もちろん」


「頭で食べているように見えるが。口でチャンと味わうどころか、そんな栄養のことばかり考えてちゃ、頭で食べているようなものではないか」
「そうかもしれませんが、みんな健康でいたいのでしょう」
「長生きしたいのじゃろうか」
「まぁ、せっかく生まれて、生きてるんですから」

 

「それにしては兵器を国家間で送り合ったりして、物騒ではないか」
「仕方ありませんよ、それは政治家の決めることです」
「人間が決めることではないのかね」
「国家間の外交は、決まった役割の人間がしています。同じ人間といっても、その役目は同じではありません」


「ふうん。ところで、さっきからあそこにチカチカ光っているのは、星かね」
「あれは宇宙ステーションといって、選ばれた人間が交代で滞在する場所です」
「地上がこんな大変なのに、宇宙に行っているのかね」
「はい。国家事業なんです。多くの人たちには、たいして関係がありません」

 

「地球があるのに、何のために行くのかね、わざわざ」
「ある国には、タナバタといって、男女が夜空の中で一年に一度だけ会えるという伝説がありました。またある国には、大きなヒトガタの雲を見て、あそこに巨人がいる、と崇めた人々もありました。あの空の向こうに行くのは、人間の永年の夢だったんです。ロマン、ですね」


「ふうん。どんどん、夢を実現しているのかね」
「人間には、好奇心があります。それに見合った知能、そして器用さも備わっています。そうして進化してきたわけです」
「それにしては、あまり幸せそうでないね。みんな、顔色がよくない。何だね、あの箱にギュウギュウづめになって運ばれているのは」

 

「あれは電車です。中には人間が入っています。妙な疫病が流行って、しばらく家で仕事をする人が多かったのですが、モトのモクアミですね。もっとも、その疫病も、人間がつくったといわれています」
「人間は、自分のつくったもので自分をくるしめているようじゃのう」


「そうかもしれません。どうしてこうなったのか分かりませんが」
「さっき、おまえは、仕方ない、と言ったね」
「はい」
「いい言葉じゃな。『仕方ない』」
「まぁ、どうしょうもない、お手上げだ、という意味の言葉です」

 

「しかし、仕方ないというのは、いろんな仕方を試してみて、それから言うのが本当ではないかね」
「そうかもしれません」
「なのに、ハナから、いろいろ試す前から、仕方ない、とあきらめている人間が多いように見えるが」

「それも人間の智慧だったのでしょう。自分を守るための、賢さですよ。傷つきたくないんです。お師匠さんだって、いろいろ努力して報われなかったら、傷つくでしょう?」


「うん。じゅうぶん、傷ついているよ。こんなに頭でっかちな、生き生きしていない大人たちを見ていては、子どもたちもひどい影響を受けるだろう。こんな人間界になっているとは思ってもいなかったよ」
「お師匠さん、あなただって、その人間につくられた人なんですよ」
「わしが?」
「ええ。カミサマとか呼ばれていますよ。やだなぁ、忘れちゃったんですか」

 

「そうだったっけ。てっきり、わしはお父さんとお母さんの間から生まれたと思っていたが…。おい、おまえ」
「はい」
「とすると、この地球は、誰が生んだのじゃ? どこにも見あたらないが」
「さあ。どこかに、おかくれになっているのかもしれませんね」
「わしじゃないよな?」
「あなただったかもしれませんよ、お師匠さん。それにまた新しい、あなたのような人が、じきに生まれてきます。つくられるのか、生まれるのか、わかりませんが、そうやって繰り返しているんです」


「その新しい人が、どんどん生まれて、もっと住みやすい地上をつくるかもしれんな」
「そうなってくるといいですね。さあ、そろそろ、行きましょうか」
「どこへ行くのじゃ」
「あなたの、この星での役割は終わりました。わたしは、あなたのお迎えにあがったものです。さあ、次の世界へ行きましょう」
「わしはまだ、ここの人間たちが気になるが」

 
「人間自身に、まかせましょう。なに、きっとうまくいきますよ。ほんとうの智慧を働かせて。なにしろ、あなたを創造したほどの生き物です。そんな、愚かではないはずですよ。さ、また百億年後ぐらいに、この星がどうなったか、見に参りましょう。どんなふうに変わったか、楽しみですね。そのとき、またご案内させていただきますよ」

「ふうむ。ところで、おまえは誰じゃ?」
「ぼくは、あなたの血を受け継ぐものです。この星の人間たちからは、時間、と呼ばれています。さ、行きましょう。どうぞこちらへ」