創作と日常と

書いた「作品」らしきもの、また日常のこと、思うこと等々。

お師匠さんの遺言記 ③

 生と死が一体のものであることは、もう知っていたね?
 生だけで生命は成り立たず、死だけでも成り立たない。
 生と死があって、生命ということ…
 そのあいだを、生きるということ…

 自殺なんかする者はいなかった。考えることもなかった!
 ウマの合わん者どうしは、むろんケンカもした。だが「仕事」のために… というのも「生きる」「生き合う」のが一番の仕事だったから… そうしないと自分達が滅んでしまうことを知っていたから… たいしたことではなかった。
 自分を殺すのは他の猛獣や天候の自然であって、人間どうしは殺し合ったりしなかった── 生きること、それだけだったんだ、人間の目的は。どうしたら生きていけるか?という。

 それも自分だけが生きるのでない。誰一人欠けてはならない… どんな奴でも、一人でも欠けることは、自分達ヒト族にとってよろしくないことを知っていた。
 ねたきりの老人には体験を教える知恵があり、不具者には腹を痛めて産んだ母の情愛があり、情を持つ者が持ち回りで彼らの世話をし、他人も身内も、まして自己も他者もない── 分け隔て・区別差別の意識の働かない共生作業、それが即ち彼ら人間一人一人にとっての生きるということだった。

 そんな世界、ありえないって? 無意識でやっていた頃の話だ、脳の記憶外だろうね! でも身体は覚えてる…
 今、意識を、どう働かせているね? つまらんことにばかりだ、他人の評価、見映え、ポジション、見た目… 学校の勉強にしてもそうだ… 身体が必要とするものでなく、脳、意識を働かせる勉強ばかりさせられる! 頭の良し悪しなんて、誰が決められるものか…
 理性を働かせないと動物になる? ああ、すっかりスポイルされちまって! 今やその理性によって、ヒト族、滅ぼし合ってるじゃないか… こんな愚族はどこにもいないよ!
 癌と同じだ、生きようとして身体を浸蝕し、モノにした時ゃ自身が滅ぶんだ…
 
 理想の世界なんて無い? ああ、理想といえばすぐ未来へ想いを走らせる! 過去にすでにあったのに、それはもう過去だと見向きもしない、都合のいい現在過去未来に区分けして! たった二、三千年前の、その細胞に刻まれていることなのに。

 社会に都合の良い人間をつくるのが公教育機関の役割だ… 落ちこぼれた者は特殊学級、B型作業所行きだ… とんでもない安月給! 障害者手帳! 脳に問題が!
 《優秀》な人間がどんな《社会貢献》をしてるというのかね? 錬金術師がふるうふるい・・・に人間は選別され!

 意識が人間をつくるんだ… こないだ瞑想してたら、発見した… 呼吸は鼻から出入りしていた… いつもと変わりない… 右の胸骨が気になった… 少し後ろ向きに意識をやった… 胸骨、背骨の右側が前向きになっていると感じて… 正しい真っ直ぐな姿勢を心掛けた… そしたら呼吸の仕方が変わるのが見えた!!
 いつも通りだ… 鼻から出入りする空気は。が! 出た空気が、ねじれるんだ、入る空気がねじれるんだ、真っ直ぐにならなかった…
 直線に出た、鼻から出た空気が、右へ三日月型の放物線を描いて、吸う鼻へ戻ってくる! また出る空気は、左へ行く… 真っ直ぐに… 今度はぐるり、円を描く、大きくぐるりして鼻に戻ってくる! かと思えば、また出る空気は右へ一直線! さらに右へ右へぐるりして戻ってくる…

 正しい姿勢、真っ直ぐな姿勢を意識した時から、ねじまがりが始まった… 意識が、「今ここ」になくなって、呼吸が、あっちこっちへ飛び散る!… 安楽だった瞑想が苦しい…
 腹に力を入れ、複式呼吸だ… 思い出すね、妻の出産時に一緒にやってたヒッヒッ、フー、ラマーズ式呼吸法じみて… ああ、子どもが産まれる、大変な作業だ、すごい仕事だ、言葉にできない…

 いくら意識を真っ直ぐにしようとしても、呼吸が真っ直ぐ出入りしない! どっちが正しいんだ、どうすりゃいいんだ… 正しくない姿勢で瞑想するのは後ろ髪を引かれる…
 間違った仕方だ! 正すのは労力が要る… 苦しい… 呼吸、空気の出し入れが勝手に四方八方へ散らばる!
 あきらめた、ああ、あきらめた。この勝手に散らばる呼吸、こいつをこのまま見つめよう… こいつを見つめ続けてやれ! 元に戻そうとせず、これが正しいはずだと信じようともせず…

 錬金術も真っ青だ、こいつは金のために生まれたんじゃない、こいつは金のために生きるんじゃない、生きるために生きる、生きるために生まれてきたものだ…
 金がなきゃ、生きて行けないって? ははん、そんな世なら、こっちから願い下げだね! こいつは平然とそんなことまで言い出した! たいしたやつだ! 誰にも知られず死んでった。知ったところで、どうということもない! 解ることしか解ろうとしない… そんなやつには永遠に解らないさ!… 解るというもんでもない…

 生かし! 生かされ! 人類の区分けもなかった頃だって、殺し合いはあった… 打ち明ければ… ただ後に引かなかった! 憎しみに勤しむよりも、生きる方がはるかに重要だったから…
 いがみ合うのは瞬時のこと、その時が過ぎりゃ何もなかったように一緒に生きたよ… やり返すなんて考えもつかず!
 金で幸せなんて買えやしない、不幸もありゃしない、つくるのは意識だ、一人、人間の中にある意識だ…