もうずいぶん前のことで、でも忘れられないことがある。
いわゆるセックスをしたら、ぼくはその相手と結婚しなければならない、と考えていた。いわゆるその行為は、人生を揺るがす大きなものだと捉えていた。
当時、早稲田の方に、「社会に適応できない人の集まり場」みたいな所があって、ぼくは明らかにその一員だろうという自覚もあって、友達に誘われて行ってみたのだ。
そこは喫茶店のようなお店で、朝までやっていた。で、ぼくも友達や初対面の3、4人と朝まで何やら語らい合った。
その中に、ひとりだけ女性がいて、彼女と私は何やらウマが合い、アドレス交換もして、その数日後、吉祥寺でふたりで会い、居酒屋で一緒にビールを飲んだ。
だが、やはり何か話が弾んで、ついでに身体も弾んで、ものの弾みとしか言いようがないように、近くのラブホテルに一緒に入ったのだ。
そういう仲になる相手とは、結婚しなければならない、と考えていた私は、相当の覚悟をもって、その行為を貫徹した。まったく、会って二回目で、そんな仲になるなんて、初めての経験だった。ああ、人生の一大事のような出来事は、いちいち覚悟や準備など必要なく、トントントン拍子に進むものなんだと思った。
朝になって、駅で別れ、さあ、それからが大変だった。
私はその一週間後位に、東京のアパートを引き払い、愛知へ出稼ぎに行くことが決まっていた。そういう関係になったのに、もうなかなか会うこともできないと思うと、淋しかったし、相手にも淋しい思いをさせると想った。
で、自分はけっしてアソビではない、真剣にこれからもつきあっていくつもりである、というようなことを手紙に書いたりした。
だが、なかなかその後、彼女と連絡がつかなかった。
そして手紙が来たのだ。要するに、あなたとはセックスをしたかった、ただそれだけで、何でもない、気をつけて、さようなら、でも気持ちよかった、ということで、終わっていた。
私は、かなりショックを受けたが、同時に、爽快な気持ちになった。あっぱれなひとだ、と思った。清々しい。潔い、素晴らしい、と、それこそ何の他意もなく、思った。
それから少し、女性を見る目が、変わったような、変わらなかったような…いや、そんなに変わっていない。そういう関係になるひとは、やはり自分にとって特別な存在だと思う。ただ、結婚しなくてもいいんだ、という、新しい見方は備わったような、備わっていないような…