創作と日常と

書いた「作品」らしきもの、また日常のこと、思うこと等々。

短編・ショートショート

ある日の午後

コンコン。ノックの音がする。 特製の椅子に深くもたれていた彼は、うさぎのように飛び起きてしまった。 めずらしい。いきなりこんな音がするなんて。シークレットサービスはどうしたのだ。 彼は机上の電話を取り上げ、受話口へ不機嫌に言った。「おい、ノッ…

ネック

毛は、身体の弱い部分に生えるんだ。守らにゃならんところにね。頭、股間… だいじなところだ。 弱いところ… ノドも弱い。なぜ生えなかったのか? いや、ちゃんと守ろうとしてんだ、アゴ鬚で。ただ切っちまうんだ、そこまで伸びる前に。 せっかく守ろうとして…

灯り

一つ書いたら、また一つ、壁がおっ立って、こいつを跳び越えよう、横をすり抜けよう、穴を掘って下から脱ぬけ出よう、等々、等々、ともかく、くぐり抜けようとして、そんな所作をくり返し…… 頭ん中に、ぬりかべ・・・・がおっ立って、一反木綿がひらひら宙を…

町内会

わたしは奇人変人にならねばならぬ。まともでは生きて行けぬらしい。「この町の常識は世界の非常識」町内会長が教えてくれた。 このような町は点々と各地に存在し、この国を世界を覆い、ネットワークで繋がっているんだと。「そうならないと、空気が薄くなる…

小作人

「さて、きみはそろそろ死ぬのだが、今、天国行か地獄行か、キップの発行に手間取っているところなのだよ」「あ、そうですか」 「この世で、きみはずいぶん苦しんだ気になってるね。自分を苦しめることは、自分以外の者も苦しめることになる。とすると、きみ…

誰も知らない ⑤

「もういいかい」「まぁだだよ」 わたしは遊んでいた。お山の向こうに、けむりが見えて、トンボが飛び交う、あぜ道で。 夕暮れ時、お母さんの呼ぶ声がして、友達と別れて家に帰る。 お父さんも、帰っていた。 手を合わせて、みんなでご飯を食べる。「いのち…

誰も知らない ④

「お前さん、死ぬのが恐いんだろ。そらそうよ、何度も痛い目に遭ってきたんだからなあ! その記憶がなければ、何も考えず、とっとと死ねたのになあ! 要らんことばかり覚えてやがって、肝心なことを忘れちゃいねえかい? なあ、人間なんかになり下がっちまっ…

誰も知らない ③

ホギャア、と生まれた。うるさいと思ったら、わたしの泣く声だった。いっぱいいたはずの仲間はどうしたんだろう。暗い水の中から、光の射す方へ、わたしは浮かんでいた。 眼から、何か流れてきて、頬をつたった。ああ、この水の中に、わたしはいたんだ。 眼…

誰も知らない ②

他にヒトはいなかったから、たぶんわたし、彼女に殺されたのだと思います。苦しかったけれど、ああ、あの娘に殺されるなら、いいや、と思ったような、思わなかったような。 ただ、あ、もう死ぬんだという感じは、覚えています。きっと、前にも死んだことがあ…

誰も知らない ①

アリジゴクという生き物、あれは、後ろ向きにしか歩けない虫だそうですね。 砂の上で円形に後ずさりしながら、口で小石などを、つかんでは放り投げ、つかんでは放り投げして、クレーター状の穴をつくっていく。そして、穴の最底辺に、じっと動かずにいて、通…

引き出物

故人の葬儀に参列した人たちは故人がどんな人間であったのか知らず知らない人に手を合わせていたも同然だった形ばかりの葬儀が行われることに、疑問をもっていた喪主は故人がどんな人生を送ったのか・どんな人物であったのか小冊子にして、参列者一人一人に…

ナセル氏とナセバ氏の話

「彼女は僕のことを信じてくれているらしい」彼が言った、「でも、僕の一体何を信じているのか解らないんだ」「信じてる、と言った彼女も、その何をが何か解らないと思うよ」私が言った、「だって信じるも信じられるも、する方もされる方も、そうさせるもの…

あの星、かの星

うまくやってるな。気候も温暖だ。皆、小川を横目に、ぼんやりしてる。 おかしな人間もいるが、おかしいと誰も思わない。 こんもりした森の中じゃ、女たちが沐浴してる。楽しそうだ。 土手じゃ、老人が日向ぼっこだ。子供たちは活発に走り回る者もいれば内弁…

踊る人

ある晴れた日に、私は外へ出た。すると、商店街に、ひょっとこの面を被った男と出くわした。 男は、ドジョウすくいをするような恰好をして、両手を頭の上にひらひらさせながら踊っていた。「すみません、私は、これからどうやって生きて行ったらいいんでしょ…

一ツ目小僧と唐笠おばけ

「おたがい、1つしか目を持っていないな」「ああ、しかしボクら、ふたりでひとつなら、2ツ目だな」「でも、ボクら、おたがい、性質が違うだろ。ひとつになって、2つ目を持ったとしても、それは1つと1つだ。目は、別々だからなあ」「1+1=2、には、なり得な…

十五の初夏の日曜日 ②

太一にとって、結奈は「異世界ファンタジー」のような存在だった。趣味も合わず、話をしていてもどこかがスレ違い、笑うポイントもズレていた。それがまたふたりを笑わせてもいたのだが、なによりその結奈との「距離」が、彼を自由にさせていた。彼は、彼女…

十五の初夏の日曜日 ①

「家具、見に行ったんだって?」 五月の日曜日、昼下がりの喫茶店。相沢恵子はそう言って、正面に座る皆川太一をジッと見つめた。 太一は口ごもる。信じられなかった、どうしてバレたんだろう。「結奈ゆいなちゃんから聞いたんだ。友達だから。学校、クラス…

口から生まれるもの

夫婦は、円満に暮らしていた。双方の胸の内はともかく、おもてむきは、さして波風たたず、口ぎたなく傷つけ合うこともなく、平穏無事な生活を送っていた。 おたがいに好き合っているようだった。「愛してる」 男は、女によく言った。女も、まんざらでなくそ…

赤子と若者と老人

「昔、日本という国があった。国の代表は、その下の官僚と呼ばれる人達の言いなりになって、自分の意見も言葉も持たず、自己というものを持たなかったそうだ。だから首相になれたのであって、誰でも自我を持たなければ、一国の主になれるということだった。…

介護職員Cの提言

とある特別養護老人ホームで、入居者さんのご家族が職員に要望を出した。「昼間は、あまり寝かせないで下さい。夜も寝て昼も寝て、寝てばかりいては身体に良いはずがありません。どうかよろしくお願いします」 週4で通う職員Aは、それまでも昼は寝かせない…

立たせていたもの

とある一軒家の、キッチンにある床下収納。 女は、それを大切にしていた。自分の全存在が収められる、格納庫のように。 結婚して3年目になるが、仕事一筋の夫は全くキッチンに立たず、家事はすっかり妻まかせだった。彼は、「分業」こそムダのない、効率良く…

カラオケボックス

女と男は、カラオケボックスに入った。男にとって、初めてのカラオケだった。 この二人、どちらかといえば、女のほうが、男に惚れているようだった。それを感知していた男は、女の自分に対する好意が薄まらぬよう、デートのたびに努力していた。(なるべく、…

オレンジ

「ねぇきみ、ひとりで空想しているうちは楽しかったねえ。でも、飽きちゃったね。せっかく、ふたりになれたのに、飽きちゃったね。実際につきあって、恋人どうしになったりしたら、もうダメだね。ひとりで、十分幸せだったんだよね。でもタイムマシンで戻っ…

秋の終わり

この夏は、恋をしなかった。 もう、今までにいっぱい恋をしたし、もうあんな思いに身を焦がすこともない。そう思うと、女は淋しい気がした。出逢いがないということは、別れもなかった。 際立って何の変化もない、この平坦なのっぺりした道を、来る日も来る…

幸福

「わたし、ほんとうに幸せなのよ!」 彼女がキラキラして言う、「幸せなのよ、幸せなのよ!」「何が幸せなんだい?」彼が問うた。「何も感じないことが幸せなのよ!」彼女が答えた。 彼は、それまで毎晩、愛の奉仕に一生懸命であった。 どうしたら彼女を歓ば…

愛の巣

愛しているのか、いないのか、分からないまま、男と女はラブホテルへ行った。 駅のそばにある、和風の旅館。ちょっとした旅行気分になる。都内の、どこにでもあるホテルなのだが。 男は、さっき女に声を掛けたばかり。 たまたま通りすがって、彼も退屈だった…

火と灰

火が煙草に言う、「お前は、私なしでは使い物にならないな」 煙草が答えて、「君は、僕なしでは煙りになることもできないね」 燃え尽きた火が言う、「私は何のために燃えていたのだろう」 尽きた煙草も灰になった。 ふたりとも死んでしまったが、その後、あ…

晩餐

「ねぇ、死にたいの、あたし」「じゃ、一緒に死のうか」「そうね」「それとも、生きようか」「生きながら、死にたいわ。死にながら生きるのは、もうまっぴら」「… 同じじゃない?」「そう、同じなの。だから、どっちかにしたいのよ」「生きるなら生きる。死…

平和な4人

あなたに愛人がいたとする。彼女は、あなたを愛し、あなたも彼女を愛している。 彼女には夫がいる。あなたにも妻がいる。しかし、おたがいに、愛人がいることを隠さない。とてもオープンな関係だ。 あなたは、自分の妻が、愛人とつきあい始めてから、生き生…

一日の労苦

「一日の労苦は、一日にして足れり」 善い言葉だと思う。あれこれ、思い煩うな。いや、思い煩うのは、いいのだけれど、何も明日や明後日のこと、一週間や二週間、一年や三年後のことなどについて、思い煩うな、ということだ。真意のほどは、知らない。 もち…