ホギャア、と生まれた。うるさいと思ったら、わたしの泣く声だった。いっぱいいたはずの仲間はどうしたんだろう。暗い水の中から、光の射す方へ、わたしは浮かんでいた。
眼から、何か流れてきて、頬をつたった。ああ、この水の中に、わたしはいたんだ。
眼を開けると、微笑みながら見ているものがいた。それに抱かれ、暖かいものを飲みながら上を向くと、白い壁が見えた。
その壁とわたしの間に、何かがいっぱい浮遊するのが見えた。上に下に、横に斜めに、ゆっくりゆっくり、たくさんの光が遊ぶように動いていた。
柔らかいものに包まれて、わたしはどこかへ連れていかれた。恐くはない… 何かが優しく、わたしを抱きしめて運んでいくようだったから。
身体が大きくなったら、不思議なことに気がついた。ぼくはチャンと成長したのに、「お父さん」がぼくを叩いた。「お母さん」が泣いた。
ぼくは不良品だった。自閉症とかコミュ障とかパニック障害とか、いろんな商品名が付けられた。
人に迷惑かけちゃダメですよって、「お祖母ちゃん」も言っていた。迷惑をかけないで、どうやって生きて行けるのか、ぼくにはさっぱり分からなかった。とても生きて行けそうになかった。
ぼくは思い知らされた。ああ、自分の吸える空気は、ここにはないんだ。
だんだん、ぼくは矯正されていった。まるでからっぽになっていくようだった。
病院の先生が「こうやって生きて行くんだよ」って、いろんな処方をしてくれた。たまに来る学校の先生は、「こうして良くなって行くんだよ」って教えてくれた。
まわりのヒトは、ぼくを殺せって言っていた。
「こうやって自分を殺していくんだよ」って。みんな、優しく、教えてくれた。
「お父さん」はネクタイを締めて、自分の首を絞めながら毎日出掛けて行った。電車に詰め込まれる「大人」達も、青白い顔して、仕方なさそうに生きていた。
成人式の後、ぼくはいたたまれなくなった。これが、ヒトの世界なんだ。ぼくには、やっぱり無理だ、とてもじゃない。こんな世界に、生きれそうにない。さっさと死のう。
森に行って、大きなクスの木に縄を掛けた。
すると、声が聞こえた。
「なぁ。この葉は自然にこうなってるよ。枝も、うろも。雨が降って陽が照って、世界は、お前を殺さない。なあ。先のことなど考えず、陽が昇って、沈んで、それだけで充分だったろう」
やめてくれ、惑わすのはもうやめてくれ。ここじゃ生きてなんかいけないよ。そっちの世界じゃないんだよ。ぜんぶ、ぜんぶ違うんだよ。
「そうかな」
よどみのない声が、葉々の中からはっきり聞こえた。
